オオカミの呼ぶ声 番外編SLK 第5話 SLK4-1生誕祭 |
「枢木神社は俺の誕生日に合わせて建立したんだ」 スザクとの何気ない会話から出てきたその言葉は、瞬く間に近隣に広まった。 そして例年7月中旬に行われるお祭りを、スザクの誕生日である7月10日に合わせることとなり、急ピッチで準備は進められることとなった。 何せ祭りまであと2週間も無い。 今年はご神体である枢木スザクもいるのだから、気合を入れて執り行うのだと言う。 それはいい。 スザクの誕生日を皆で祝うのだから、喜ぶべき事なのだ。 だが、それとこれとは話が別だと思う。 「いいから、さっさと選びなさいよね。あんた男でしょ。優柔不断は嫌われるわよ」 そう言いながらカレンが手に持ち差し出すのは、明るい色合いの綺麗な布地。 和風の柄が入ったそれらは子供向けの可愛らしいものから、大人しい色使いの物までさまざまな種類があり、祭りの日に着る浴衣をこれから誂えるため、自分の好きな柄をここから選ぶらしい。 桐原が業者を僕たちの家に呼び寄せ、数十種類の反物を置いていったのだ。 カレンは地味な色合いの物を全て却下してしまい、可愛らしく明るい色合いの物だけが今並べられている。 それを前にスザクと僕は正座をさせられ、自分たちが身につける物を選べと迫られているのだが。 スザク用はいい。だが、カレンが僕用にと選ぶのはどう見ても女性ものばかりだった。 「カレン、僕はいいから君とスザクのを選ぼう。僕はこれがカレンには似合うと思うんだけど」 僕が選んだのは、赤を基調とした明るく可愛らしい牡丹と蝶の柄だった。カレンはそれを手に取ると、自分の肩に掛けた。 「どう?」 「やっぱりカレンは赤い衣装が一番映える、良く似合ってるよ」 我ながらいいセンスだと思う。 ここにある柄で一番カレンを引き出せるのはやはりこの生地だろう。 「ホント?スザクはどう思う?」 「カレンは明るい色彩が似合うな。うん、可愛い」 率直なスザクの意見に、カレンは気をよくし「じゃあこれ!私はこれにする」と、大喜びだった。 「そして、スザクはこれがいいと思う」 カレンが弾いた地味目な生地から、白を基調とし、薄い緑で全体に市松模様が入っていて生地の裾部分に濃い緑色で草花をイメージした模様が入った物だった。 「ちょっと地味すぎない?」 「スザクは土地神だから、あまり可愛すぎるのもどうかと思うんだ」 そう言いながらスザクの顔を見た。 それでなくても緑色の大きな瞳と、柔らかなくせ毛、その上獣耳という可愛らしい姿をしているのだから、少しは衣服の方で威厳のようなものを出した方がいい。 「まあそうよね。スザクはそのままでも可愛いものね。ちょっとは神様らしい空気はほしいわよね」 カレンは僕の考えに気づいたらしく、うんうんと頷きながらスザクの肩に生地を掛けた。だが、当のスザクは不満そうに眉を寄せていて、思わず僕とカレンは顔を見合わせた。 可愛いという単語は本来男に使うべきではない。 言われると腹も立つ。 だが僕はスザクを可愛いと言ってしまうし、スザクも僕に対してを可愛いと口にしてしまうから、その事に関しては文句を言う事が出来ないのだ。 だからこの事に関しての物ではないはずだ。 「何、あんた気になる柄あるの?それとも可愛い柄がいい?」 カレンは手にしていた白の生地を置くと可愛らしいトンボ柄の生地と、蝶柄の生地を手に取り、スザクに向けたが、スザクはますます眉を寄せた。どうやら浴衣が気に入らないらしい。僕のように女性用を選ばれている訳ではないのにどうしたのだろうか。 「どうしたんだスザク。言いたい事があるなら言ってくれないと」 「・・・俺はいらない。この道着があるし、別に浴衣を着なくてもいいだろ?」 「何言ってるのよ。あんたいつも道着なんだから、お祭りぐらい浴衣着なさいよ」 「でもなぁ・・・」 「柄に不満があるわけじゃないのか?」 「柄なんて別にどうでもいい」 ルルーシュとカレンが選ぶなら何でもいいんだと、柄には特に頓着しないらしいその様子に、ますます僕たちは困惑した。では一体何が不満なのだろう。 「それは、供物かどうか、という話なのですわ」 後ろから突然聞こえた声に、皆慌てて振り返ると、そこには京都の土地神カグヤが立っていた。大神でもある彼女はスザクと違い、土地神でありながら各地を移動する事が出来るのだ。 「カグヤ、来てたのか」 「ええ。スザクの誕生祝いをすると桐原から聞きましたの。その日に来れるか解りませんもので、それならばまず先にお祝いをと思いまして」 にこにこと笑顔を乗せ、カグヤは部屋へと足を踏み入れた。そして色とりどりの反物に顔をほころばせ、それらを次々に手に取った。 「浴衣を仕立てるのなら、私に一言言ってくださればよろしいのに」 「え?桐原のおじいちゃんが用意してくれたから知ってるんじゃないの?」 「あら?桐原が?聞いてませんわ。後でちゃんと確認をしておきますわね」 年寄りだから忘れたのかもしれないと、何気に酷い事を口にしながら、これは地味すぎる、これはちょっと、と次々選別していく。 「それで、スザクが嫌がる理由と供物にどんな関係があるか教えてもらえるかな」 最初の発言を忘れていたらしく、あ、そうでしたと、カグヤは反物から顔を上げた。 「私たち神が身につける物は基本的に供物として用意された物だけなのですわ。スザクの道着も、神にささげる物として1針1針丁寧に縫われたもの。そうやって捧げられることで初めて私たちの物として使用できるのです」 布団や食器などとは違い、常時身につけている物、神の私物となるものはそれなりに条件があるらしい。供物として用意されなければ、身につけるのも大変なのだとか。 「まあ、着れないわけではないのですが、私も着たくはありませんわね。なんかこう、着心地が悪くて、肌がざわざわして鳥肌もひどいのですわ。それならばいっそ裸のほうがましだと考えるほどですの。でもスザク。これを桐原が用意したのなら、ちゃんと供物として手を加えるはずですわ。あ、これなんてどうでしょう」 カグヤが手にしたのは黒字に白でユリの花があしらわれた、落ち着きがあり、清楚な印象のある反物だった。 「それをスザクに?」 スザクに黒はどうにも合わないし、カレンには落ち着き過ぎているように見える。 「いえ、ルルーシュにです!ほら、良く言うではありませんか。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。カレンが選んだその生地は牡丹でしょう?そしてスザクのその生地にはほらここに芍薬が描かれていますもの。ならばルルーシュは百合ですわ!」 芍薬のように風情があり、牡丹のように華麗で、百合のように清楚。 確かそんな意味だったはずだが。 「・・・カグヤ、僕の記憶に間違いがなければ、その言葉は女性に使うものであって男に使う言葉ではないし、それにその生地もどう見ても女性の」 「大丈夫ですわ!ルルーシュなら着こなせます」 僕の発言を途中で遮り、カグヤは決定ですとその3本の反物以外全て片づけ始めた。 「だから、俺は着ないぞ」 「どうしてですか。まあ、確かに貴方のその道着は、貴方の事を思って作られた最上級の供物。その道着以上に貴方が気に入る衣服となると難しいですが、ほんの数日、しかもお祭りに行くときだけですわよ?」 「そうよスザク。その道着をもう着るなって言ってるわけじゃないんだから」 「スザク。皆君の誕生を祝ってくるのだから、たまにはいいんじゃないのか?僕もたまには別の衣服を着た君を見たいと思う」 三人にそう言われると、流石にスザクは耳を伏せ、顔を俯けた。 こうなると僕でも難しいな。さてどうするべきか。 「・・・カグヤ、供物とする衣服はスザクに捧げる事を念頭に置き、手で縫えばいいのか?」 「ええ。簡単にいえばそう言う事ですわ」 「わかった。じゃあ僕が縫おう。それなら文句はないだろう?」 その言葉に、スザクは勢いよく顔を上げた。 「ルルーシュが?浴衣を?」 驚き、目を瞬きながら尋ねてくるスザクの耳はピンと立っていて、それは僕がスザクのために縫うのであれば身につけると言う事を示していた。 「1週間ほどもらえるなら、僕の手でも縫う事は可能だと思う。どうだろうカグヤ」 「そうですわね。裁断もすべて終え、後は縫うだけという状態でなら、ルルーシュにも縫えるとは思いますが、ルルーシュ、お針仕事の経験がありますの?」 「いや、針を持つのも初めてだけど、何とかするよ」 裁縫道具はここにはないから、買ってくる必要がある。明日にでも買いに行こう。 「あ、それならおばあちゃんに頼んであげる。おばあちゃん、いつも私たちの浴衣縫ってくれるの。道具も全部あるわよ」 「それならば問題ありませんわね。では、スザクの分は出来るだけ早くに届くよう手配しますわ」 カグヤはそう言うと、笑顔で桐原に電話をかけた。 「うわっ、なんだこれ!?」 枢木神社の参道に続く階段の下の道には多くの出店が所狭しと並び、近隣に住む多くの者たちが訪れ、正に黒山の人だかりとなっていた。 確かに連日人々が出店の準備をしているのも目にはしていた。だが、もっと静かな物だと思っていたのだ。確か話では朝の9時からのはずだが、まだ7時をまわったばかりなのにもう混雑していた。 出店はまだ準備ができていないため、このたくさん集まった客を逃す手はないと、大急ぎで開店準備を始めているようだ。 そんな混雑を目にし、俺の頭にある獣耳は自然と伏せられた。 何でこんなに人間が集まるんだろう。 俺は別に人間とそんなに関わりたくないのに。 どうしてルルーシュもカレンもカグヤも、藤堂や桐原たちもこうして人間を俺の傍に置こうとするのだろうか。 他の土地の神はこんな風に関わらない。皆ひっそりと暮らしている。 いくらこの土地が、神の揺り籠と呼ばれるほど多くの神が生まれた地で、それと同時に不浄の大地と呼ばれるほど多くの神が死んだ地だからといって、その楔としてここに穿たれた俺に人と神の懸け橋にもなれなんて冗談じゃない。 人間は勝手に疑心暗鬼にかられ、俺の一族を皆殺しにしたのだ。 生き残ったのは土地を離れていたカグヤと、土地神としての力を得ていたスザクだけ。 その結果、この地を鎮めるための楔にされ、この大地に厳重に縛り付けられたのだ。過去の事を思い出し、暗く沈んだ気分となった時、辺りがざわめいた。 遠くからこちらを伺っていた者たちが、門に隠れて様子をうかがっていた俺に気がつき声をあげ、多くの視線がこちらに向いたのだ。 俺は慌てて家の中へと駆け込み、まだ眠っているルルーシュの布団に潜りこんだ。 なんだろう。 まるで見せものになった気分だ。 ルルーシュの胸に顔を寄せ、獣の耳でコトンコトンと鳴る小さな心音に耳を傾ける。 あんなに人の居る場所にはいきたくない。 もう今日は一日こうしていたいと、ルルーシュの細い体を抱きしめた。 家で待っていてもなかなか来ない二人に焦れて、私は二人の家へとやってきた。 玄関のカギはなぜか開いており、新聞も取り込まれていたので、起きては居るのかと思ったのだが、二人ともまだ布団の中で横になっていた。 もうすぐ9時になると言うのに、珍しい事もあるものだと思いながらも、せっかくのお祭りの日に寝坊するなんてと、思わず眉間にしわが寄る。 「いつまで寝てるのよ、ほら、早く起きなさい!」 そう言いながら寝室に足を踏み入れると、ルルーシュが困ったような顔でこちらを見てきた。低血圧な彼は、起こしてもなかなか目を覚まさない。だが既にしっかりと目を覚ましているその姿から、とっくにに起きていた事がわかった。 ではなぜまだ横になっているのだろう? 「ルルーシュ起きてたの?」 「ああ。おはようカレン」 「おはよう。じゃあなんで寝てるの?具合悪いの?」 ルルーシュはその言葉にますます困ったように眉を寄せ、視線を自分の胸元へ移動させた。 そこにいたのはスザク。 タオルケットの膨らみ方と、茶色の髪でそこにいるのは解っていたが、どうにも様子がおかしかった。獣の耳を完全に伏せ、顔をルルーシュの胸に埋めるように擦りつけ、その体をぎゅっと抱きしめて動かない。 起きている事は見て解った。 だけど起きようとしないのだ。 そんなスザクに抱きしめられているルルーシュは当然起き上がれず、こうして困った顔で一緒に横になっている。 慰めるように優しく抱きしめ、背中をポンポンと叩いてはいるが、スザクは一向に動こうとしなかった。 「どうしたのよ。怖い夢でも見たの?」 これは別にからかっているわけではない。 ルルーシュの話では、スザクは人間に家族を皆殺しにされた時の事を今でも夢に見る事があるのだと言う。私は家族が殺される経験をした事はないけれど、母を殺されたルルーシュもその時の事を思い出し、夜中に飛び起きる事があると言うのだから、カグヤ以外全員殺されたスザクはそれ以上に深い傷を負っているはずだった。 だが、スザクはルルーシュの胸に顔をうずめたまま首を横に振った。 「昨日寝る前までは何でもなかったのに、今朝起きた時からこうなんだ」 な、スザク。 と、ルルーシュは少し乱暴にその頭をなでるが、いつもとは違いその耳は一向に伏せられたままだった。 「仕方ない。すまないカレン。僕は今日スザクと一緒にいるから、お祭りには一緒に行けない」 ルルーシュのその言葉に、悪いと思っているのだろう。ますますスザクは身を縮めた。何がきっかけかは解らないが、完全にルルーシュに縋りついているスザクをこのままにはしておけない。まあ、スザクは根が単純だから、立ち直らせるのはそう難しくないんだけど。ルルーシュはいろいろ手を尽くして失敗したみたいだから、私が今度はスザクに攻撃を仕掛けてみた。 おそらくまだルルーシュが仕掛けていない攻撃を。 「そう?せっかく昨日までルルーシュがスザクの浴衣がんばって縫ってくれたのに、着ないの?」 その言葉に、伏せられた獣耳がピクリと反応した。 うん、いい反応ね。 ルルーシュもスザクの反応に気づいたらしく、目を瞬かせていた。 「ルルーシュ、針仕事初めてだから結構指に針刺してたわよね?」 「初日だけだ。それ以降はちゃんと縫えていたよ」 心外だと言わんばかりの声音で文句を言うと、さらに獣耳はピクリと動いた。 「帯紐も縫ったのにね。それにスザクはまだ私とルルーシュが浴衣着てるの見てないわよね?丁度合わせた時居なかったし」 「そう言えばそうだな。カレンの浴衣姿はとても似合っていて可愛かったのに、スザクは見れずに終わるのか」 今日は一緒に浴衣を着るつもりだったため、私はまだ普段の服だった。浴衣を着てこなくて正解だったと、我ながら自分の判断を褒めたくなった。 「あら、ルルーシュも可愛かったわよ。あの浴衣来年は着れないもの。今年を逃したら見れないわよね」 まあ、お祭りにしか着れないわけでは無いけれど、今はそう言う事にしなければいけない。私たちのその言葉に、いつの間にか伏せられていた獣耳はピンと立っていた。その様子に私たちは笑みを浮かべ、ルルーシュはその頭を優しく撫でた。 「残念だけど仕方がない。スザクが起きてくれないんだ」 「そうね、スザクが起きないなら無理よね。まあ、私はルルーシュの可愛い姿を見たからいいけどね?」 残念だったわね、スザク。そう言う思いを込めて口にすると、今までルルーシュに隠れていたその顔を勢いよく上げ、その体を起こした。 「駄目だ!俺も見るにきまってるだろ!ほら、ルルーシュ早く起きろよ!さっさと用意していくぞ!!」 そう言いながら、横になっていたルルーシュの体を引っ張る様にして起こした。 今まで不貞腐れていたのはスザクの方だと言うのに、この変わりよう。立ち直りの早さには呆れてしまうが、まあそれがスザクだ。 思わず私とルルーシュは早く早くとせかすスザクの姿に噴き出してしまった。 「解った解った。まず顔を洗って、軽く朝食を食べよう」 その言葉に、スザクのお腹が鳴って、ますます私たちは笑みを深めた。 「お腹すいた!ルルーシュ、早く作ってくれ!」 「あ、朝食何?私今朝和食だったのよね」 「じゃあフレンチトーストにでもしようか?」 「ホント?私も食べる!私の分も作ってルルーシュ!」 そうして賑やかな朝は始まり、私たちは笑顔のまま家を後にした。 |